赤松健の連絡帳

「ツイッターでは短すぎるし、Jコミとも関係ないし、日記帳では不便だし・・・」という場合に使う、マンガ家・赤松健の連絡帳です。(tumblrを単なるミニ・ブログとして使っています)

これはちょうど10年前、2002年の記事。

ラブひなを描き終え、次回作(つまりネギま)の作戦を練っているところです。

http://www.ailove.net/mugen/index.html

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2002年3月30日


さて、私の”次回作”のジャンル選択について、もう一度考察してみましょう。
・・・ここでは便宜上、私の個人的な願望を除外して、”傾向と対策”のみを考えてみることにします。


まず、例の「次回作をラブコメにすべきか否か」という問題のおさらい。

通常、初期段階で予想される読者の反応は、

  1. 似たようなラブコメにすると、「またこれか」と言われる。
  2. 違ったジャンルにすると、「前みたいのが見たかったのに」と言われる。


どちらにしても”不満足”になる理由として、前作「ラブひな全123話」と、「新連載第1話目」だけを、単純に比較されてしまうからという点があげられます。
(全く違った観点で、しかも画期的なアイデアを盛り込むことができればそうはなりませんが、そんな才能があるのなら世話無いッス)


実は、資本主義社会では、この問題に対する明確な解答があるのです。

  • (解答) ラブコメと、そのまた違うジャンルの作品を、別の雑誌で同時に連載する。


つまり「売れているならば、また同じ商品を作りつつ、設備投資をして別商品も売っちゃう」という考え方ですね。
しかし工業製品と違って、マンガ家の場合これは結構ツラいです。(^^;)
(週刊1本と月刊1本を延々と連載している作家さんもいますが・・・・)


それで、少年誌(特にマガジン)で主に行われている対策は、

  • (解答2) 前作のキャラを一部持ち越し、おなじみの世界観を利用しながら”別のジャンル”を開拓していく。


こうすると、すでにあるブランド力を利用して、新しい世界に手を出すことができます。「GTO」や「クニミツの政」などがこれにあたります。

「何も同じ世界にせずとも、似たようなテイストを維持できれば、もとの読者はついてくるのではないか」と思ったりもしますが、現実には「またこれか」(マンネリズム)という反応になることが多いようです。
その点、「同じ世界」にしておけば、一種の免罪符としての効果が期待できます。

それでも、特に前作がヒット作だった場合には、それを超えられないと全て”負け”と考えてしまうのが普通ですから、そうそう勝つことなんてできないはずですよね。
また、週刊連載では、読み切りや書き下ろし単行本と違って、初期段階から人気アンケートを取っていかないと維持が厳しいというのは周知の事実。ロングスパンで全体の構成を考えつつ、一回一回でも盛り上がるように作らなければなりません。


・・・で、私の場合どうすべきかというと、

  1. 似たようなラブコメをやったとしても、おそらく「ラブひな」を超えることはできないであろう。(その分、安全ではあるが)
  2. どのジャンルにしても、どうせラブコメ的な要素は入ってくるであろう。(これはジャンルの問題ではなく、単に作家性の問題である)
  3. 以前に比べ、読者はヒマではなくなっているので、漫画の世界観に引き入れる時間的余裕がない。(短期的な快楽を連続させ、長期的なテーマは裏で別に用意するべき?)


よって、サンデー的な長期ラブコメ企画(ラブひな含む)は、これを選択肢から外した方が良いでしょう。

次に、残った選択肢である、

  • ドラマ重視のマガジン型漫画
  • キャラクター重視のジャンプ型漫画

を、実際の作品例をあげつつ考察してみます。


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2002年3月31日

(昨日のつづき)

★ ドラマ重視のマガジン型漫画
vs
★ キャラクター重視のジャンプ型漫画


これも、おさらいです。

マガジンでは、編集者がきっちりネームを直してくるのと、そもそも「編集部側から企画を立てて作家を捜す」例が多いため、当然「よりドラマ性を重視した漫画」が増えることになります。
もちろん、絵柄を無視しているわけではないのですが、あえて「新しい絵柄を育てる」ことは殆どないと言っていいでしょう。
そのため、アニメ化よりドラマ化が多いです。ドラマ性重視の場合、漫画キャラクターを実在の俳優さんが演じても、それほど破綻をきたさないためですね。
編集部でも、慣れているせいか、よりドラマ化の方に目が向いていました。
(※ただしこれは、金田一少年やGTOまでのことで、2000年度からはアニメ化オンリーとも思える作品が増えた。これは明らかに、方針の変化を表している?)

ジャンプでは、ドラマ性を無視する・・・と言うと大げさですが、よりキャラクター性を重視した直しをおこなっています。
今、ストーリー上で何が行われているかというよりも、ただ魅力的なキャラクター達が活動している(例えば武道会やら試験やら)ことに意味を見いだしているわけです。
そのため、そのキャラクター達を実在の俳優さんが演じるわけには絶対いかず、よってアニメ化がほとんどということになります。
編集部でも、コネクションの殆どはアニメ絡みで、ドラマ化の方はあまり向いていないと言えるでしょう。


さて、時代はどちらかというと、「キャラクター」寄りです。
おそらく、この後ジャンプが勝つと思います。

単行本の売り上げも、ドラマ化が普通1クールなのに対して、アニメ化は2クール以上。
ドラマが放映している間に出る単行本が、多くて2巻(ゼロの場合も)なのに対して、アニメが放映していれば延々と単行本が売れるという点も会社としては無視できません。


では、ドラマ性重視のマガジンに、キャラクター系漫画が来たらどうなるか。
・・・実は、内容が薄いため、人気アンケートが取りにくいのです。
(※ジャンプはこの問題を、「数を撃つ」ことによってクリアしている?)
しかし、「内容が濃いキャラクター漫画」にすると、今度はクドすぎて読者に拒絶反応が起こってしまいます。

この対策としては、「画面の情報量」を増やすのが効果的だと考えます。
キャラクター系漫画であるが、一読して全内容を把握できない画面情報量。
これが、内容の濃さの代わりになるのではないでしょうか。

別に、そのまま「緻密に描け」という意味ではありません。
例えば、ジャンプの矢吹健太朗さん(Black-Cat)の絵は、前作に比べて大幅に画面情報量が増えています。急にギッチり描き込まれ始めた、というわけではなく、絵的な意味で「コストが高くなっている」のです。
トーンや線の多さではありません。画面情報が正確で多くなったという意味なのですが・・・分かりにくいですね。スミマセン。(^^;)
逆に、岸本斉史さん(NARUTO)の絵は、かなりコストが下がっています。
ネームの流れ&アングルが売りなのと、もう読者が愛着を持つキャラが多数いるので、画面情報量を上げる必要はないとも言えます。(それでも初期は結構コストが高かった)
この辺の技術論については、後述します。

  1. ドラマ性よりも、ジャンプ寄りのキャラクター性を重視
  2. よりアニメ寄りの立ち位置
  3. 画面情報量を増やし、浅く広く展開する


・・・ジャンプ寄りと言っても、私の次回作はマガジン狙いですので、その分目立つであろうことも有利な点かもしれません。単に、違和感を醸し出して終わりという可能性も高いですが。(^^;)

PS.この理論には「私の願望」が入っておりませんので、この通りには当然進みません。今はコラムとしてお読み下さい。

    (つづく)

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